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ようござ

すべてのかけがえのない瞬間を紡いで

ラブライブ!サンシャイン!! Aqours First LoveLive! ~Step! ZERO to ONE~ 『輝きは 心から溢れ出す』

「私たちがゼロから作り上げたものってなんだろう。形の無いものを追いかけて、迷って、怖くて、泣いて、そんなゼロから逃げ出したいって。」
「でも・・・何も無いはずなのに、いつも心に灯る光。この9人でしかできないことが必ずあるって信じさせてくれる光。私たちAqoursは、そこから生まれたんだ」
「叶えてみせるよ・・・私たちの物語を、この輝きで!」
 
「君のこころは、輝いてるかい!!」                       

 

                                  -ラブライブ!サンシャイン!!第13話「サンシャイン!!」より。






去る2月25日・26日に「ラブライブ!サンシャイン!! Aqours First LoveLive! ~Step! ZERO to ONE~」が開催されました。
私自身Aqours9人を生で見る機会は始めてであり、今回のライブがそれだったのはとても意味があるものだったんじゃないかと感じています。
今回はその感想や自分の想いを語ると共に、私が気づいた事・改めて感じた事を伝えられればと思いブログに書き起こそうと考えました。



まず、ライブを終えた後の率直な自分の感想としては「彼女達は正しく「ラブライブ!」だ。でも「ラブライブ!」なんだ。」といった感想に落ち着きました。

自分の中で「ラブライブ!のライブ」というものは特別なんて言葉じゃ言い切れないほどに確立しているものであり
それは「演者がアニメと同じ動きをする」は勿論、
「(3rd以降のライブですが)アニメ本編との整合性の取れた演出」
「曲のフルverで披露されるあっと驚くサプライズ的なダンス」
「曲の世界観を落とし込んだモニター映像」
「アニメと全く同じ、または曲のイメージに合わせた衣装」などなど
数々のパフォーマンスを合わせ、我々に「今!まさに!目の前で!アニメの9人が!踊っている!!」と感じさせてくれるのが「ラブライブ!のライブ」だと私は考えています。

今回のライブでもそれは反映されており実現させよう成功させようという製作陣、そして何よりAqours9人の想いがひしひしと伝わってくるんです。
しかしその演出をずっと見続けライブが後半に進むにつれ、私は焦燥と焦り そして取り残されて行く想いを痛感していました。




私自身の想いとして・・・私は正直Aqoursに対しては憎しみの感情しか持ち合わせていませんでした。

長いことμ'sというラブライブ!の物語を紡いできた女神が存在し、その9人の物語が終局へと向かっていく矢先に
このラブライブ!サンシャイン!!そしてAqoursというグループは突如として誕生しました。
当初は受け入れるなど私にとって到底無理な話しであり興味もなく、自分には関係ないと目の前のμ'sを追いかけるしかない状況でした。実際それしか見えていませんでしたし。
しかし劇場版「ラブライブ!The School Idol Movie」の物語によってμ'sのストーリーは幕を下ろし、商業展開の終了や
ファイナルシングル「MOMENT RING」、ファイナルライブ「ラブライブ! μ's Final LoveLive! ~μ'sic Forever♪♪♪♪♪♪♪♪♪~」の告知等々・・・
ラブライブ!サンシャイン!!という物語が生まれた時点でこうなる事は既に予想がついていたのですが、気持ちの整理は付かず
その反面、G'sマガジンなどでどんどんと情報が公開され明るい展開を伝えていくこのコンテンツは「お前達さえいなければ・・・」という憎悪の対象でしかありませんでした。

しかし、そのラブライブ!サンシャイン!!も曲を聴けば印象派変わる。自らがラブライブ!の世界観に飛び込んだのは曲を聴いたからなのだから、新たなPVを見れば世界観への理解が深まるはずだと1stシングルは購入しました。
ですがCD帯には「みんなで叶える物語」というキャッチコピー。「僕らは今のなかで」と全く同じメロディラインのアウトロなど
自分が想像してたのとは全く違う。大袈裟な言い方をしてしまえばμ'sが作り上げたものを踏み躙られているような印象でした。
結局そんな憎しみの感情はアニメーションが始まった後も、終わった後もたいして変わらず、1stライブの直前まで自分のAqoursに対する主の感情だったという事に最近気づきました。
ですが月日が流れ季節が移り変わると共に周りの皆がAqoursの魅力に気づいたり、ストーリーやアニメに入り込むにつれ取り残されていくような恐怖感。
新しい知識μ'sの記憶が人々から消されてしまうかもしれない。そんな皆のμ'sとの思い出の上書きをしないでくれとまで感じていました。




話しは戻りましてそのライブの後半、アニメパートが流れ始め未熟DREAMERが歌い終わった後くらいでしょうか。
自分の中の糸がプツッと切れたような感じがし、突如としてサイリウムを振る手も応援する声も全く出ない状況に陥りました。
これについては自分の中で様々な考察を繰り広げていたのです。生でライブを見ようと憎しみの感情は消えないのかとか色々。
しかし至った結論としては

「目の前の彼女達が余りにも眩し過ぎて、そして周りの観客との温度差を感じて」
といった様に落ち着いたんですね。

何故かと言いますと。目の前で繰り広げられるのは正にアニメのライブパートと全く同じ演出をしたステージ、モニターを駆使したライブ。
それを披露している彼女達は観客を「ラブライブ!のライブ」の世界観に引き込もうと輝かしい笑顔を我々に振りまくんです。
どうしたら観客を喜ばせられるかな、とか。キャラとの一体感が取れてるかな、とか。
数々の想いを背負った彼女達の練習期間の血の滲むような努力が痛いほどその笑顔から伝わってくるんです。
そんな彼女達が長い間、努力をしているのが言わなくても伝わってくるから私だって当然応援したい気持ちになるはずなんですよ。でもなれないんです。
これが眩し過ぎるほどに「ラブライブ!のライブ」であるからこそ、しかし彼女達が自分が憎くて憎くてしょうがなかった「Aqours」だからこそ、
そして彼女達が名義の違いはあれどμ'sと同じ「ラブライブ!」というコンテンツの中に存在であるからこそ
それをそのパートで実感し、私は彼女達の本気に、本気で答えることが出来なくなりました。




自分にとっての「ラブライブ!」って言うのは長年付き添ってきたからこそもう当然μ'sなわけで、「叶え!私たちの夢!」なわけで「みんなで叶える物語」なわけで

何より私がずっと待ち続けていたのが「μ'sが演出するラブライブ!のライブ」なわけで。

そしてそれしかなかったんです。恥ずかしげもなく言うとそれが生きる希望だったんですね。
それに突如として気づいちゃったんですよ。ライブの途中に、改めてね。
そんなμ'sが私の中で大きいからこそ、会いたくても会えないこの状況だからこそ、その想いは膨れ上がるんです。
すると、「俺、この場にいていいのか・・・?」って。
周りの観客はAqoursと共に輝いている真っ最中、反して私は鈍らのように腐っていく心情でした。
だから如何にこの子達が「ラブライブ!」じゃなかったら、私は彼女達に本気をぶつけることが出来たんだろうなぁと感じてしまうんですよね。





でもね、それじゃ絶対にダメなんです。それは私個人のエゴであり心の問題なだけであって。
彼女達は「ラブライブ!」じゃないとダメで、「ラブライブ!」だからこそ出来る演出は数え切れないほどあって、「ラブライブ!」だからこそあの1stライブは誕生したんです。
作品のテーマ「輝きたい!」「0から1へ!」に共感した人が集まり、目の前で行われるそれを体現した9人のパフォーマンス、スタッフの努力。それに全力で応える観客達。
それらの奇跡が集まって「ラブライブ!サンシャイン!! Aqours First LoveLive! ~Step! ZERO to ONE~」というライブは完成し、
アニメーション1期は本当の完結を迎え「0を1にした」1つのストーリーとして確立されたのだと後半以降のライブを落ち着いて見て、今回私は直に実感しました。

そこに気づいたときにようやく「彼女達は正しく「ラブライブ!」だ。でも「ラブライブ!」なんだ。」という私なりの結論に至ったんですね。




そしてライブが終わった後の打ち上げなどで感想を楽しげに話す人達を見て、今この人達は正に心が「輝いている」状態だって感じたんです。

後々考えてみると私が見たかったのはある意味”これ”だったんだなぁって。

私がAqoursをどう思っているかっていうのは、このブログを読んだ人や周りの一部の人が知っていてくれるだけでそれで良くて。
それよりも私は皆「輝いている」事が心の底から嬉しいんですよ。




ラブライブ!
μ'sを企画当初から知っている人。
声優から入った人。
曲から入った人。
ワンマンライブから入った人。
フェスから入った人。
アニメ1期から見た人。
ゲームで知った人。
アニメ2期から入った人。
劇場版から入った人。
そしてこの「ラブライブ!サンシャイン!!」から入った人。

あり得ないほどに広まったラブライブ!を知る人はたくさん存在し、それぞれ入ったタイミングというのは多種多様に様々なんですね。
でもその人達に共通して言える事って、このラブライブ!の歴史の一部に共感し、応援する1人となってその中に輝きを見出した人達なんだと言う事。
それは声優に尊い感情を抱く人だったり、この曲のここが素晴らしい!と楽曲重視の人だったり、このキャラとこのキャラの絡みがいい!と推すキャラが1人に定まらない人などとても数え切れないんですね。

そんな人達がライブに目にする事により「やっぱ俺ラブライブ!好きだわ」とか「このライブすげえ…」とか「なんだよ!もっと曲聞き込んでりゃよかった!」って心が動いてくれたのなら本当にそれが嬉しい。
「μ's」「Aqours」双方における「ラブライブ!のライブ」の唯一の共通点ってこういう結果に集約されると思うんです。

私がAqoursに抱いてる想いが「0」ではなく「null」だから、0から1にはならず結果として私の心は輝かなかったからこそこんな風に可能性は他の人達に見出すしかなかったんです。
他人善がりじゃんと言われればそうなのですが・・・
それでも、この物語も「ラブライブ!」であり私にはこれしかなかったと言わせるまでの「ラブライブ!のライブ」を見ればちょっとは心が動くと思ったんです。
結果として私個人の意思はステップを踏むことはなかった物の、そんな中で幾万の人々が「良かったな」という印象を抱いてくれたのが嬉しいといえるって事は・・・

多分それが私の「本望」だったんでしょうね。






次のライブに参加しようという意欲は今のところ全くありません。
それは憎んでいるからとか全然悪い意味じゃなくて、分かったんです。本当にこれなら”大丈夫”だと思ったんです。
生で聞きたい曲こそ数多くあれど、終わった後に今回と同じく「皆、輝いてるね」って思うだけで終わりなんです。
「そこまで考えてるのに勿体無い!」って気遣ってくれる人も多少はいてくれるかもしれません(だとしたら嬉しいですね。)
でもね。分かりきってるからこそそれでいいし、それがいいんですよ。Aqoursが夢を実現出来るだけの重要なファクターはもう揃っているんです。


この1stライブは今後のAqoursにとって大きな壁になり得るでしょう。これからの世論の比較対象は「μ's」ではなく「Aqoursの過去」に遷り変わっていくはずです。
ですがこの9人なら、1人が躓いても8人が支えてくれるこの9人なら。それを見届けることの出来るこの観客達なら。そしてそれを叶えられるこの物語であるのならば。
きっとどんな事があっても乗り越えられていくはずです。偉大な先人達がそうであったように。
ラブライブ!」はこれからも大きくなり続け、今後も絶対に続いていくストーリーとして人々の心の中に根強く残るんです。
思い出の上書きとかそういうんじゃなくて。別々に確立されたものとして。


取り残されるならそれでいいじゃないか。これからの「ラブライブ!」は輝きをもたらす9人とそれを応援していく人達で成り立っていける。
それがある限り 私は再会を約束した9人の女神達をいつまでも、いつまでもあの場所で待ち続けられる。
気づかせてくれてありがとうAqours。それだけでも私はあなた達のライブを見れたことに意味があったと思います。
これからのあなた達はきっと大丈夫だから。これからもあなた達が人々の心の中を照らし続ける輝きでありますように・・・




2月25日、2月26日 とても忘れられない2日間になりました。参加された皆さん、お疲れ様でした。
そしてライブを支えたスタッフの方々、素晴らしいパフォーマンスを魅せてくれたAqoursの9人達へ 本当にありがとうございました。